藍 








瞼に光があたっている



あさ?



・・・・・・



起きてしまった

起きるつもりなどなかったのに

昨日の夜、永遠に起きることのない眠りに落ちたはずだ

それなのに、目覚めてしまった






失望?

それとも絶望?

たえきれなくなって呟いてみる


「あたし・・・・・・しんでない」


薬のせいか、ろれつに違和感があった、身体もおもい

ゆっくり瞼をひらいてみる


なにも


みえない


なにも


いつもとおなじ


なぜか、期待した

みえるとおもった


そんなわけないのに

どうせ、この目はなにも映してはくれない

この目でわかることは明るいか暗いか

その程度

その程度が精一杯








視力を失ったのは4年前

ふつうの高校生だった


ひとのじんせいをかえることなんか簡単だ


夜中の交差点、信号を無視してアクセルを踏み込む


それだけ


たったそれだけ


それだけであたしのじんせいはかわった

かわってしまった











ゆっくりとベッドから抜けだして

ゆっくりと足を進めてみる

1歩

2歩

酔っ払っているみたいにフラフラする

3歩目

なにかが足にあたってゴロゴロころがった

なんだろう

ベッドの周りにころがるものなんかない

昨日、ベッドの近くにあった




なにか



きのう



ああ、そうか


睡眠薬の空ビン


ヤクタタズ


やくたたずな赤と白の小さなカプセル

それが詰まっていたビン













昨日は・・・・・・




定期検診で病院にいく日だった

ひとりでは遠いところにいけない


遠いところへは葵がついてきてくれる

あたしは葵がいないとどこにもいけない


定期検診のときも、いつも葵がついてきてくれていた


昨日も


葵は昼過ぎにきてくれた

あたしが定期検診にいくための付き添いとして

でも

あたしは行かなかった


気分がわるいから



あたしは葵に嘘をついた

そして、彼女は

「だいじょうぶ?でも、薬もらわないといけないからあたしだけいってくるね」

「うん、ごめんね」

「謝らくていいよ、それじゃ、いってくるね」

「まって、最近不眠症だから睡眠薬もらってきて、なるべく強いのを」

葵はこたえなかった

こまった顔をしていたと思う

聡い彼女は気づいていたのかもしれない

あたしが睡眠薬を何につかうか

葵はそんなひとだ





葵が病院からもどってきて

ふたりで夕食をたべた

そして、その日は泊まらずに葵はかえっていった


葵がかえってから数時間後


あたしは睡眠薬をのんだ

葵がもらってきてくれたくすりを


最初の3粒はかみくだいた

のこりは部屋にあったワインで流し込んだ

ビンのなかのすべての

カプセルを


















ゆったりしたワンピースに着替えた

このワンピースがどんな色なのかあたしにはわからない

この服は葵がえらんでくれた

「どんな色がいい?」

葵がきいた

しろ

「まっしろがいい」

あたしはそうこたえた

だから、まっしろなワンピースを想像する

染みひとつないワンピース

染みひとつないしろを着て

あたしはピアノのまえにすわる


よく知った黒壇のてざわり


鍵盤のうえを、あたしの指がおどる


目がみえなくても

ピアノは弾ける


ピアノは

ずうっとあたしの近くにいてくれる


ピアノは

あたしの体


ピアノは

あたしの器官



あたしに残っているのは

葵とピアノだけ


事故にあって失明したときも

あの、事件のときも

葵とピアノは

そばにいてくれた






あの事件?






そうあの事件






夢でみた




なにもみえないのに

いやな夢はみる


あの夢をみた

だから、死にたくなった

死のうと思った


あのとき、あたしは汚れた

だから、しろを着る



あの事件?


そう


あの事件


いやだ

きもちわるい

思い出してはいけない



















交通事故で失明した半年後

父は、あたしを寄宿舎のある盲学校にいれた

学校なんてもうどうでもよかった

父にとっても、あたしにとっても


父にとっては体のいい厄介払い

あたしは

それに従うしかなかった

実際、盲学校にいた一年間、父は一度も面会にこなかった


あたしに会いに来てくれたのは葵だけ

葵とは、5歳のときピアノ教室で一緒になってから、ずうっと一緒だ

葵がいれば父親も、死んだ母親も、どうでもいい

だから

嫌だったけれど

1年間も

盲学校で過ごした






谷口という教師にレイプされるまでの

1年間






あの夜

あたしは眠っていた


同室の女の子たちは休日を利用して帰省していた

寄宿舎にいるひとは休日になると、たいがい帰省する

親がむかえにきて

毎週のように自宅に帰省する


あたしは、月に1度だけ

葵の家に泊まる

そんな、生活のくりかえし


あの夜も

あたしはどこにもいけずに

寄宿舎の4人部屋で

ひとりで眠っていた




突然


なにかがのしかかってきた

すえた汗のにおい

男?

声はでなかった

そいつはあたしに

「声をだすな」

それだけいって

あたしのパジャマを無理矢理はぎとった


目が見えなかったのは幸運だったのかもしれない

こわかった

ただ、こわかった


そいつは無理矢理

あたしのなかにはいってきた

痛くて

きもちわるくて

叫びたかった

あたしは無力


そして

そいつはあたしのなかで果てた

そいつは何も言わず部屋からでていった




あたしはそのままの姿で

朝になるまでないた

声もだせずに

ただ、涙をながした

あたしはよごれた

よごされた

よごれてしまった



あさになって

寮長があたしをみつけてくれた

よごされたままの姿の

あたしを






数日後、谷口は捕まったらしい


そして、父があたしをひきとりにきた

あたしは父に

マンションとピアノを買ってくれるようにたのんだ

父はあっさりと承諾した

それは

あたしにとっても

父にとっても

絶縁のための道具


父にとって

目が見えないうえレイプされた娘など

ただの厄介者にすぎないのだろう

あたしも

そんな父と

一緒に暮らすことなどできない



数日後



あたしは葵と一緒に

父親として最後に買ってくれたマンションに引っ越した


それから1年間

葵はずうっとマンションに泊まってくれた

最近は仕事のつごうで

ときどき家に帰っている
















きずいたら

鍵盤はなみだで濡れていた

なにもみえないのに

なみだなんか必要ないのに



しのう


こんどは

もっと

確実な手段で

しんでしまおう







インターフォンが鳴った

葵だ

葵は部屋の鍵をもってる

あたしがインターフォンにでないのも知ってる

もうすぐここにくる

慌ててなみだをぬぐった

鍵盤も服のそででふいた



葵がはいってきた

葵は静かないつもどうりの声で

「霞、どうしかした」

「なんでもないよ」

「そう」

それだけしか

葵はいわない

葵はあたしのよこに座った

「ばかね、泣きながらピアノ弾いてたの?」

そういいながら

葵はあたしをやさしく抱いてくれた




夕飯は葵が作ってくれたハンバーグをふたりで食べた

「今日は泊まれる?」

「ごめんね霞、今日は用事があるから帰らないと・・・」

「しかたないよ、あたしは大丈夫だから」



だいじょうぶじゃない

いっしょにいて

おねがい











葵が帰った

ひとりになった

もうだめだ


あたしは









バスタブに栓をして蛇口をひねった

まっしろいワンピースはそのまま

ゆっくりバスタブに浸かった

左手を水からあげて

右手のカッターナイフで

きった

手首をちからいっぱい

瞼にあたたかい液体がかかった

たぶん

あたしの血だろう

意識が遠くなっていく

「ごめんね葵」

無意識でつぶやていた



























「霞!霞!死んじゃだめだよ、霞!」

葵の・・・声?

「霞!目を覚ましておねがい!」

葵が・・・ないてる

あたしはゆっくり顔をあげた

どうして・・・葵が

「霞!すぐに救急車くるからね」

「あお・・・い・・・どうし・・・て・・・」

口の中がからからでうまくしゃべれない

「しゃべらないで、夕方霞の部屋で空の薬ビンをみつけたの」

ああ、あの、空ビン

「帰ってから胸騒ぎがしたからもどってきたの、ごめんね霞」

どうして葵が謝るんだろう

「ごめんね霞、ごめんねごめんね」




「ねえ・・・あお・・・い・・・あたしを・・・だいて・・・あい・・・して」




葵はなにもいわず


あたしを


やさしく



つよく



抱いてくれて



まぶたと



くちびるに



ながい



ながい



やさしい



キスをくれた






葵のぬくもりを感じながら


あたしの意識はうすれていった


薄れゆく意識のなかでサイレンの音がきこえた



そして



やさしい顔をした







葵の顔が視えた




葵の声が聞こえた




「霞がしぬときは、あたしも一緒にしんであげるよ・・・」



















2002/8/26




転載厳禁

なお、画像は借り物です















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